女性に人気のエッセイスト・岸本葉子さんが、毎日をイライラせずに、機嫌よく生きるための具体的なヒントをお伝えします
言葉は「矢」に似ています。一度放つと、途中でつかまえ取り返すことはできません。どこへ飛んでいき誰にどんなふうに突き刺さるか、百発百中の射手でない限り、確かにはわからないものです。
言葉は両刃の「剣」もあります。ある人には慰めになっても、ある人にとっては神経を逆撫でされる。傷つけるおそれが比較的少なさそうな「だいじょうぶよ」のひとことでも、言われてほっとし重荷を降ろせたという人もいれば、自分の抱えているたいへんさを軽く扱われたと心を閉ざしてしまう人も。言われる相手やタイミングによっても違うでしょう。この言葉をかけたら必ず届くと言えるものは、残念ながらないのです。
私自身は先人の残した言葉に励まされてきました。ひとりはフランクルという人で、引用できるフレーズが何か一冊の本にあるわけではないのですが、いろいろな著作に書いています――――変えることのできない運命に対しても、どのような態度をとるかという自由が、どのような態度をとるかによって実現できる価値が、人間にはある。

がんの再発不安にうちひしがれていたとき読み、「この先もし、厳しい局面を迎えても、私にはまだ自由がある、実現できる価値もある」と気持ちを立て直すことができました。「もし」という仮定の話ですんだ私と並べられるものではないけれど、地震津波の被災地で過酷な状況のもと助け合う人の姿にも、同じ言葉を思い出します。フランクルは精神科医、思想家で、ナチスの強制収容所にいた体験を持つ人です。
もうひとつの言葉は、神学者ニーバーの祈りとして知られています――――変えられるものは変える勇気を、変えられないものは受け入れる冷静さを、そして変えられるものか変えられないものかを識別できる知恵を私に与えてください――――再発を避けたいけれどどう努力していいのかわからないでいた自分が備えるべきはその三つ、わけても三つめの知恵だと思いました。
わかりやすいのでついがんの例になってしまいますが、何も病気のときと限りません。日常生活でもストレスの多くは、変えられないものを変えようともがくところから来るように思えます。起きてしまった出来事、他人の心の中。例えば私は人が自分をどう思うかを、実はとても気に病みます。理解してもらう努力は必要だけれど、人の心をコントロールするのは不可能で、してはいけないことでもあると、わきまえておかなければ苦しいばかり。そんなふうにもあてはまります。
言葉に支えられることもある。言葉は心の「杖」でもあります。


1961年、神奈川県鎌倉市生まれ。エッセイスト。東京大学教養学部卒業後、保険会社勤務を経て、中国北京に留学。帰国後、日常生活や旅を綴ったエッセイで新聞、雑誌等幅広く活躍している。著書に『がんから始まる』『できれば機嫌よく生きたい』『ほどのよい快適生活術』など多数。
