女性に人気のエッセイスト・岸本葉子さんが、毎日をイライラせずに、機嫌よく生きるための具体的なヒントをお伝えします
口ぐせは無意識なもの。私も知らずにしょっちゅう口にしている言葉が、たくさんありそうです。
一方で、意識して持つといい口ぐせもあるようで。黒丸尊治さんの『心の治癒力をうまく引きだす』(築地書館)を読んで思いました。
その本に書かれていたのは「まあ、いいか」療法。著者は医師で、さまざまな患者さんが相談に訪れます。
ある病気を抱える女性の訴えは、早く死んでしまいたい。そうすれば夫も再婚でき、子どももできるかもしれず、今よりもっと幸福な家庭が築ける、自分は早く死ぬべきだと。
そんな女性に、先生は言います。早く死にたいという思いがわいたら、「まあ、いいか」という言葉をつぶやいてみて下さい。実感が伴わなくていい、意味がわからなくていい、とにかくお経のように、心の中でただ唱える。

半信半疑ながら女性が試すと、それまでは死にたいと思うと、その思いがなかなか頭から離れなかったが、そうつぶやいた瞬間消えるようになった。嘘みたいな話だけれど、先生が女性にした説明では、人の「べき」「ねばならない」という思考は脳の神経回路が作り出している、回路を切断すれば、その思いは出てこなくなる。切断する方法が「まあ、いいか」とつぶやくことなのだ。
言葉にはそういう力があるのかと、興味をそそられました。
その方法を応用できそうな言葉は、自分にとって何だろう。考えて思いあたったのは「こういう日もある」。
地下鉄の乗換駅でホームへの階段を降りてきて、電車がいるのが見えると反射的にダッシュし、目の前で出ていかれてがっかり。次の駅でもその次の駅でも同じことが続くと、吐き出すような溜め息をつき、「こういう日もある」と自分をなだめる。あの言葉だなと。
私はものごとが計画どおりか計画以上に早く進むと気分がよく、そうでないと必要以上にストレスに感じる、欲張りで余裕のない面のある人間。本に出てきた女性ほどの大きな「べき」はないけれど、些細なシーンの小さな「べき」で追い立てられてしまいます。パソコンに向かっているのに仕事が思ったほど進まない、電話も今日はやけに多い、そんなとき「こういう日もある」と。
心が楽になる口ぐせです。


1961年、神奈川県鎌倉市生まれ。エッセイスト。東京大学教養学部卒業後、保険会社勤務を経て、中国北京に留学。帰国後、日常生活や旅を綴ったエッセイで新聞、雑誌等幅広く活躍している。著書に『がんから始まる』『できれば機嫌よく生きたい』『ほどのよい快適生活術』など多数。
