大橋 雄二さん
パン作りから幸せな社会を!難病と向き合い、福島でのパンづくりを起点に、"日本の食文化を健康にする運動"を続ける大橋雄二さんが、著書『地ぱんドリーム』に託した思いを語ります。
私は、父の代から続く銀嶺食品工業株式会社の社長としてだけでなく、人の幸せと健康の源である食生活を改善する担い手として、日本人に適した食とその環境づくりを心がけています。
そうした考えのもとに生まれたのが、「オカラだお大豆に(おからを配合したパン)」や「ライスキー米と麦(玄米入りのパン)」などの商品名をつけた「地ぱん」です。
地ぱんとは、私の地元の福島をはじめ、日本各地の産物や雑穀などの素材を使ったパンのことです。噛めば噛むほどに味わい深く、和食にもよく合い、主食にもなります。
私が、日本人の健康と幸せを願うようになったのは、病気を経験したからです。
六歳の時、血友病と診断され、生死の境を何度もさまよいました。二十四歳の時に骨折が原因で左脚を失った私は、自分だけがつらいと思っていました。
でもその陰で、両親と兄が、私以上に苦しみ、悩んでいたことに気づかされたのです。
孤独じゃないことに勇気づけられた私は、支えてくれた両親や兄をはじめとした皆さんに恩返しをしたいと思うようになりました。
体質改善のための食事療法の中で、日本古来からの食文化が優れていることを体感していた私は、体にいいパンづくりを通して、日本人を健康にしたいと思いました。
そして、食文化も何もかも改善して、障がいをもった人も高齢者も、すべての人がいきいきとした気持ちで生活できる社会をつくり出したい。
それこそが、私の夢、すなわち『地ぱんドリーム』であり、支えてくれた皆さんへの、私にできる最大の恩返しだと思ったのです。
私は、たまたまパン屋の立場から、『地ぱんドリーム』の活動をしていますが、読者の皆さんも、"私ならでは"の『地ぱんドリーム』を心に描き、実現に向けて少しずつでもいいから歩んでもらいたい。
一人ひとりの力が集まれば、私たち日本人には、どんな困難にも負けない、その時代の価値観に合わせた素晴らしい社会をつくり出す力があるはずです。
氾濫する情報に惑わされず、自分の判断基準で選択し行動することが、今の社会に生きる私たちに求められているのではないでしょうか。
人間は誰もが一人ぼっちではなく、皆が支え合い、生かされて生きている。
それを感じながら、おのおのの『地ぱんドリーム』を実現してもらえたらと、切に願っています。

銀嶺食品工業株式会社代表取締役。
1956年、福島県生まれ。6歳のとき、2万人に1人の難病である血友病の診断を受ける。
24歳のとき、骨折が原因で左脚を切断。
82年、銀嶺食品工業に入社。日本の風土に合った日本人のためのパン「地ぱん」の製造・販売に着手。雑穀などの素材を使ったパンが話題を呼ぶ。
難病をものともしない明るいキャラクターが支持され、ラジオ福島の人気番組のDJを務めたほか、講演活動で活躍。